Since April 1st,2007
Photo By Ted, at San Bernardino 2009


韓国出身の夫との結婚を機に、07年からアメリカで暮らしている主婦の日記です。
詳しくはInformationをごらんください。

  
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2012.07.04 Wednesday
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2012.01.21 Saturday
あらためてごあいさつ

退院日(生後2日。早っ・笑)の写真


2011年8月9日に、ジョン様とマユのもとに、
新しい家族が誕生しました。


改めて、子供の名前です。


☆日本名:優志(まさし)
2002年くらいから、
自分に将来男の子が産まれたら、
ぜーったいに「まさし」ってつけたいって思っていたんです。
もちろん本山雅志選手の影響で(笑)

そんなとき、当時の職場(塾)で、
生徒さんの名前の中に「優史(まさし)」くんという名前があって、
「優」っていう字がすごくいいなぁと思って。
それから、ずっと「優志」にしようって思っていました。

本山選手のように努力家で誰からも愛されて、
心の優しい子になりますように☆
という願いもとってつけ(コラ)

日本の書類はみんなこの名前なので、
すごくすごくうれしいです☆


☆アメリカ名:Joshua(ジョシュア)

これは前の日記にも書いたのですが、
2010年のアメリカの名づけ人気ランキングから、
1位〜500位までをプリントして、ジョン様と私と、
それぞれ別室で気に入った名前にマルをつけて、
後で見たら唯一2人ともマルをつけていた名前だったんです。
(ちなみにランキングでは11位でした)
ShawnとJoshuaで迷ったまま、予定日の1週間前に破水。
結局、顔を見てぱっと浮かんだのがこっちだったので、
これにしました。

God Rescuesっていう意味があるらしく、
キリスト教ではとてもいい名前なんだそうです。
聞いたんですけど、忘れてしまいました(笑)

でもとってもかわいい名前で、
今ではとっても気に入ってます☆




☆韓国名:주혁(ジュヒョク)

韓国の男の子は、
苗字によってつけなきゃいけない漢字が決まってるんです。

実は、私達の子供の代は「柱」か「根」だったので、
じゃあ仙台のパクチュソン選手の「柱成」か、
元鹿島のパクチュホ選手の「チュホ」にするかって考えていたのですが、
なんかピンと来ず…

結局、生まれた日と時間などを言って占い師に見てもらう、
と主人の親が言い出し、そうすることに。

したら、「柱」はこの子にはよくないといわれて、
結局全然違う漢字に。

占い師が言ってきた、何個かあった候補の中から
「まぁ、この中ならこれかなぁ…」
みたいな感じで私が選んだんですけど、

そんなんだから全然思いいれも何もないし、気に入ってもいないので、
私がこれで呼ぶことはまずないでしょうね(爆)







おかげさまで、無事にすくすくと育ち、
現在5ヶ月半くらいです!

まだおすわりも寝返りもできないのに、体重が9600gもあって、
抱っこが大変ですが(笑)、
毎日ジョシュアがいてとってもしあわせです☆


年賀状に使った写真なんですけど(笑)
このアントラーズベビー服を子供に着せるのが、
何年も前からの夢でしたー♪



今後も、アメリカでの子育てなどについて、
日本と違うところや、
アメリカで暮らしている日本人の方に、
もしも参考にしてもらえそうなことがあれば、
ブログに書き残していきたいと思います☆

マユ・ジョン様とともに、
新しい家族・ジョシュアもよろしくお願いします☆






アメリカでの育児
2012.01.20 Friday
アメリカでの出産☆入院〜退院まで
☆入院1日目☆

出産の後、1時間くらいその部屋でそのまま休憩。
陣痛室、分娩室、回復室が全部一緒って本当に便利ですよね。
いちいち移動しなくていいし。

それから病室へ移動。

変な乗り物に乗せられて、助産師さんと一緒に移動。
(この方が助産師さんです)

ジョシュアも一緒に運ばれてきました。

朝からチョコパイ1個だったのでお腹もすいてるし、
1日中痛みに苦しんで疲れたのもあって気持ち悪くなってしまい、
ベッドについたときに助産師さんにそれを言ったら、

キッチンペーパーみたいな紙を水でぬらして顔をパンパンたたかれただけ(笑)
なんでもとにかく雑!
でもそれで善くなったから不思議。

「朝から何も(チョコパイしか)食べてないから」
といって、夕飯をもってきてもらったのですが、
すでに面会終了時間の夜9時を過ぎていたので、
母とジョン様はすぐ帰らなければならず、
とりあえず夕飯を食べるところまで見届けてから2人は帰って行きました。

とはいえ、赤ちゃんのお世話なんてしたことないうえ、
それまでたいして興味もなかったので、見たこともなかった私にとって、
赤ちゃんと2人きりで置いていかれるのは不安…

しかも朝6時過ぎに破水で目覚めて、そこからほとんど寝てないし、
点滴もまだついてるから、
少しは寝れるのかな…とも思っていたので、

看護婦さんに
「夜、赤ちゃんが泣いたらお世話を手伝ってくれますか?」
と聞いたら、
「今夜は私たちがやるから、呼んでくれれば大丈夫よ」
とのことで、安心してウトウト…

しようとしたら、さっそく泣いたので、ナースコール。
さっきとは違う、若い看護婦さんが来ました。

「オムツ替えたことある?」
「ありません」
「じゃあ、見てて」
そしてさっさっとオムツを替えて、また出て行きました。

ウトウト…としていたら、また泣くので、
悪いなぁと思いつつ、またナースコール。
「おなかがすいてるのよ。あなた母乳でしょ?おっぱい出して」
吸わせたはいいけど、うまく吸わず、ジョシュアはそのまま寝てしまいました。

その時ちょうど点滴が終わったので、
「点滴とってもらえませんか?」と聞いたけど、
「明日また打つかもしれないから」
と言われたのでそのまま。
針の入ったままジョシュアを抱っこするのは痛いけど、
もう痛いなんて言ってられず、
結局ジョシュアが眠る朝まで、泣いては抱っこして、おっぱいをあげて、の繰り返し。
でも、気持ちは不安もありながらも、幸せいっぱいでした。


☆入院2日目☆


病室の窓からの景色だそうです。母撮影。


朝4時くらいに、ウトウトしていると看護婦さんが来て、
ジョシュアの足から血液をとっていきました。
先天性異常の検査らしい。

その後、5時くらいにまた別の看護婦さんが来て、
私の血圧&体温の検査、血液検査をしていきました。

それから寝れたのは、6時くらいかな?
でも30分くらいで、今度は看護婦さんに起こされる。

「赤ちゃんのことだけど、黄疸の数値が高いから、もっと色々チェックしないといけません」

今思えばそう言われたんだけど、
そのときは黄疸(Jaundice)が聞き取れなくて、
2回聞き返したけど何のことかわからず。

その後、主治医のキム先生の代わりに
別の先生が来て、問診。
「退院は今日でも明日でもいいよ」
だって。
あのー。。。昨日の夜産んで今日のお昼退院もアリなんですか…?

と、びっくりしていたら、間もなく小児科の先生が来てくれて、
ジョシュアを診察して帰ったものの、
特に何も言われなかったので黄疸のことも忘れてました。

ここまでで、まだ朝7時過ぎくらい。。
アメリカの病院の朝は早い!

というか、私はこのお産が人生で初の入院だったので、
入院ってこんなもんなのかな?と、
全てが初めてだったので、
もしかしたら日本も同じ感じなのかな??


その後、8時くらいに今度は別の看護婦さんが来てくれました。
太った、黒人のおばちゃん。私の顔をみるなり、
「昨日の朝来たでしょう?私があなたの車椅子を用意したから覚えてるわ」
そうなんです、朝、病院についたときに、
玄関前でジョン様に車椅子を出してくれた看護婦さんだったんです。
「あなただったんですね!うちの旦那さん、テンパってたでしょ」
といったら、
「そうそう。旦那さんがかなりテンパってたから覚えてたのよ」
だって(笑)

そして、赤ちゃんを見て名前を聞かれたので答えると、
看護婦さんはジョシュアを抱っこしてゆらゆらしながら、静かに

「Joshua...welcome to the world...welcome..」

と優しく話しかけてくれました。
それを見て、なんだか泣きそうになりました。

それから、看護婦さんは聞きました。
「朝ごはん、注文した?」
朝ごはんを自分で注文するなんて話、聞いてないよ!
それを言ったら、早く注文しなさい、とメニューを持ってきた。

アメリカの病院みんなそうなのかわかりませんが、
メニューは豊富で、その中から自分の好きなものを選んで、
電話で注文すると持ってきてくれます。

その後、看護婦さんが聞きました。「昨日は、よく眠れた?」
「いえ、おっぱいをなかなか飲んでくれなくて…」

「やっぱりね。それを心配してたんでしょう。顔に書いてあるわ。
でも、生まれてすぐの赤ちゃんは飲まなくて平気なの。
だから、気にしないでまずはあなたの体を休めて。
次に赤ちゃんが泣いたら、その時にまた呼んでね。
そしたら、おっぱいの練習をまたやりましょう」

と言って、寝かせてくれました。

そこへ、今度は手形・足型とりの業者さんが。
でも、これは記念に絶対やりたいと決めていたのでお願いして、
スタッフの方がジョシュアを連れて行っている間、少しだけ寝ました。
これは出来上がったら病院に受け取りに来るらしい。

これ!つくってよかったー☆とってもかわいい♪
手形と足形、そして名前入り☆

裏には誕生日が入っています☆
クレイの色は選べます。黄色にして正解♪



それからしばらくして、母とジョン様が到着。
同時にジョシュアも手形足形とりから戻ってきて、
それから泣き出したので、さっきの看護婦さんを呼びました。

「さぁ、おっぱいの練習よ!まずはガウンを脱いで!」

ところで、今日はもう点滴を打たないようだったので、
手に刺さっている針を抜いてほしい、という話をジョン様にしていたので、
ジョン様が看護婦さんに
「あのー、この針ぬいてあげてほしいんですけど…」
というと、すかさず看護婦さん

「子供のことが先!」

怒られちゃいました(笑)
結局、意味もなく針のささったまま、母乳の練習(笑)
の前に、まずは私もガウンを胸まで脱いで、
ジョシュアの服も脱がせて、裸にして抱っこします。
「Skin to skin」ていうらしいんですけど(そのまんま)、
母子の大事なコミュニケーションなのだそうです。

それから、いよいよ母乳の練習。
結局、このときはまたジョシュアが寝てしまったので、
お昼すぎにまたやることに。
このときは、母乳トレーニング専門の人が来てくれて、なんとか成功しました!

午後からは、また別の看護婦さんが。
ジョシュアの体重を測りに来たのですが、
普通減っているはずの体重が…何百グラムか増えてた!
もしかしたら生まれた時の体重が間違っていたという疑惑が浮上。
ちなみに今も疑惑のままです(笑)

部屋は2人部屋だったのですが、
2日目の夜は1人だったので、
面会時間を過ぎてもゆっくりしていっていいわよ、と看護婦さんが言ってくれて、
母もジョン様も少し遅くまでいてくれました。

2人が帰ってからは、ジョシュアと2人きり。
しかも前の日よりこまめに泣くようになり始めたので、
結局この日は、上半身完全に裸で(いつでもおっぱいがあげられるように)
ジョシュアを抱っこしたまま一晩中起きてました(笑)

正直、早く退院したい…と思いつつ(笑)


☆入院3日目…ていうか退院日☆


後ろのホワイトボードにはその日の予定が書かれています。
「Discharge(退院)」が「Today!」ってなってます☆
そして、退院祝いに病院からもらったギフト。
トートの中は子育てDVDみたいの(見てない)が入っていて、
バスケットにはココアやニュートリションバーなどの食べ物と、
病院の名前入りの写真立てが入ってました☆


たったの2日間だけど、気持ち的には、やっと退院…て感じでした。

この日も朝4時くらいに看護婦さんが来て、ジョシュアの血液検査。

それから少しして、私の血圧と体温測定、
それと痛み止めと鉄剤の服用。

それから7時くらいに主治医の代わりの先生が来て問診。
6週後に来るように、と言われただけで終わり。

8時くらいに小児科の先生が来て診察。
ここで、初めて黄疸のことがはっきりわかり、1週間後に小児科に行くことに。

それから朝食、看護婦による子宮口の検査。
9時に母とジョン様が来て、ちょうどその時に、
あの妊娠前のマタニティツアーの時に見て「やりたい!」
と言ってた写真撮影があったのでやってもらいました。

残念ながら、化粧前だったので私は赤ちゃんとのショットは遠慮。
ジョン様だけ撮っててちょっと悔しかったです(笑)

撮った写真でThank you card(お祝いをくれた人に送るカード)とキーホルダーを注文しました。
後日送ってくれるとのこと。

それから、退院時の説明があって、昼ごはんを食べて退院しました。

赤ちゃんのパパは先に駐車場へ行って、カーシートの準備。
(病院の人が、きちんとカーシートがつけられているか確認する)

赤ちゃんのママは、赤ちゃんを洋服に着替えさせ、
自分もメイクアップして、赤ちゃんを抱っこした状態で車椅子に乗せられて
病院玄関でパパが、新しい家族を抱いたママを迎える…

というベタな形で退院することに決まっています。

看護婦さんが車椅子を引いてくれてエレベーターに乗ると、
おじいさんが2人乗っていて、ジョシュアを見て言いました。

「おやおや、でっかい子だねぇ。これ、いくらで買ったんだ?」

ジョークとは言え、
ちょっとムッとした私(短気)の顔に気づいた看護婦さんが、

「お金じゃ買えないのよ。9ヶ月の苦しみと引き換えにしか、手に入らないの」
と答えたので、私も調子に乗って

「そうよ。ひどいつわりでしょ、尿に糖は出るでしょ、関節の痛みでしょ…」

「そうよねぇ」

エレベーターから降りて、玄関に向かう間も、色んな人に
「まぁ、かわいい赤ちゃん!でっかい!」って言われまくりました(笑)

全体的に、アメリカ人の子供に比べて、
アジア人の子供って大きく生まれるそうです。
大人になるとアメリカ人の方がよっぽどでかいのにね。
どこで変わるのか、不思議です。


2日ぶり(短)にアパートに戻ったとき、とっても不思議な感じでした。
出て行くときは3人だったのに(まぁお腹にはいたんだけど)、
こうして4人になって帰ってくるなんて…みたいな。


いつものアパートでの、新しい家族を迎えての生活のスタートです!


追記☆

産後、6週間後に母親は一度産婦人科へ行きます。
日本だと退院時に「次はいつ来てください」という感じで予約をするのかな??

私のお世話になった病院では、
退院時の予約ではなく自分のタイミングで電話して、
子供が生まれた日を言うと、6週後で計算してくれて、
日にちを指定されました。

診察の内容は、子宮内を見て、
縫合されている部分に異常がないかなどをみただけで、
あとはこちらから特に質問がなければ終了です。
あ、避妊についての話もあったような…
でもこれも「退院する時聞いた?」と聞かれて「ハイ」と答えたら、
じゃいっかみたいな感じで終了でした。

それからは、産婦人科には全く行っていません。





アメリカでの妊娠・出産と産婦人科通院
2012.01.19 Thursday
Labor Day..the Big Day!!アメリカでの出産☆破水〜入院


※おしっことか出産系の表現が色々あるので、
苦手な方はご注意ください。


8月9日、朝6時半ごろだったと思います。

週1回の定期検診の日だったので、
あ〜また今日も子宮口がどれくらい開いてるか見るとか言って、
あの痛い検査をやるんだなぁ…

と思いながら、ベッドの中でウトウトごろごろしていたら、
お腹の中でポコン、というような音がしました。
腸が動いた時みたいな感じだったので、
そろそろトイレか(すみません)…?と思っていたら、
突然ジャーっと水が漏れる感じが…

これは、もしや、破水?!?!
心臓を超バクバクさせながら、トイレへ。
トイレットペーパーがほんのりピンク色だったので、確信しました。

「破水したみたい」
寝室に戻ってまず一緒に寝ていた母を起こし、
それからリビングで寝ていたジョン様を起こし、
とりあえず着替えてチョコパイを食べて(腹ごしらえ)歯磨きして、
病院に向かいました。

予定日の1週間前だったので、入院の準備はしてはいたものの
バッグにつめてないものもまだちょっとあったので焦りつつ。。。。

ほんとに、周りの人からさんざん言われていたけれど、
あらかじめ用意しておくべきでした。入院セット。

病院について、Valet Parkingの人にまず事情を話してくれたジョン様。

が、かなりテンパっていて、話が通じなかった模様。。。

そこにたまたま看護婦さんが通りかかって、
事情を知ってすぐ車椅子を用意してくれました。

それに乗って、2階のお産の受付へ。

破水でもうナプキンなんて全然間に合わず、
歩くたびにジャージャー水がでる中、体重測定。

「大丈夫?お腹痛む?」
と優しく声をかけてくれる看護婦さん。

「いや、痛くはないんですけど、ただ水がずっと出てて、
ズボンが濡れてて気持ち悪いです」
テンパりながら答えるわたし。

「そりゃそうよ。しょうがないのよそれは」

ですよね。
これでいいんですよね。破水って。


そして、車椅子でお産の部屋へ案内されて、
下着もすべて外してガウンみたいのに着替え。

そこからは、産まれるまで、
大きな吸水マットが敷かれたベッドに横たわったままです。

看護婦さんはとっても優しい方で、丁寧に説明してくれた上、
超緊張している私のことも優しくなだめてくれました。

それからたちまち手にいろんなものをつけられました。



薬のアレルギーがあるので、こんな印もつけられました。


すでに破水しているので、早く赤ちゃんを出す必要があるため、
陣痛促進剤を投入したのです。

ちなみに部屋は…

こんな感じ。

ベッドの前はこんな感じで家族が待機できます。



ベッドに横たわる間、ジョン様がひとこと。

「名前…どうする?」

そうなのです。
英語名、のこり2つまでは絞られていたのですが、
まだ決定はしてなかったんです。

「うーん…顔を見て決める。」


母とジョン様はここで朝食。
私も食べたかったけど、私は飲食禁止。
手術じゃないのになんでだろう?


ところで、私は無痛分娩の予定だったので、
「いたくなってきたら、すぐ痛み止めの注射を打ってあげるから。
痛みを我慢する必要ないからね」

と言われたのですが、

『無痛分娩の麻酔注射は2,3時間しか効かないから、
出産の直前まで打たない』

と、病院でもらった冊子に書いてあったので、
限界まで痛みを我慢して、
途中看護婦さんに「大丈夫?」って聞かれても大丈夫って答えていました。

それを聞いて、さらに陣痛促進剤を強いものに変えたらしく、
そこから突然痛みがひどくなりはじめました。

もー痛くて痛くてもがき苦しみました!!
母は横に来て、手を握っていてくれました。
が、痛みでじっとしていられず、
ベッドの手すりにつかまりながら転がりまわってました。

今冷静になって見ると、
この写真、もしかして苦しんでる時のかも…?!


なのにジョン様、私の顔を一切見ない。
ひたすら陣痛測定器の画面↓

を見つめ、

陣痛が起こってグラフが上がってくると
「あー上がった上がった!もうちょっともうちょっと。」
「下がってきた下がってきた。我慢我慢」
とかいって。
痛がる私の顔が、怖くて見れないんです。
だらしないやつめ!!
と、ちょっとカチンときつつ、ひたすら痛みに耐える。

それで、ついに看護婦さんを呼んで
「痛くなってきたので、注射を打ってください」
と言ったところ、

なんと、ここへ来て急に帝王切開の急患が入り、
麻酔科の先生が出払っているとのこと!
念のため子宮口を確認したものの、まだ7センチ。

「あと2センチくらい開いてれば、もう産んでもいいんだけどね…、
これじゃまだもうちょっとね。
麻酔の先生が来次第すぐに打つからね、がんばって!」

といわれ、それから数時間…最高の痛みと戦い続けました。
ジョン様にも看護婦さんを何度も呼んでもらったけど、
結局先生は来ず。。。

子宮口も、ここへ来てミリ単位しか開かない。
しかし、すでに何時間も強い陣痛に耐え続けてきたので、
看護婦さんがついに
「少し彼女を休ませた方がいいわ。」
と、陣痛促進剤を弱いものに変えてくれたので、
そこから1時間くらい寝た気がします。

それから痛みで再び目を覚ますと、ようやく麻酔の先生が。

看護婦さんに言われるまま、ジョン様に抱っこの形でつかまり、
背中〜腰の数箇所に注射。
ただこれ、腰に打つんですけど、
チョー痛いって聞いてたので、怖くもあったんです。

「これって…痛いんですよね?」
と先生に聞くと、

「もしもこの注射が君の今の陣痛より痛かったら、
俺は麻酔の医者辞めるよ」

だって。

こんなときにもアメリカンジョーク!
でもおかげで思わず笑って、少し緊張がほぐれました。

それからは、当たり前だけど、嘘のように痛みがなくなり、
急にラクに。

子宮口も9センチを超え、いよいよその時が来ました!

主治医のキム先生が来る前に、
助産師さんが来てプッシュ(いきみ)の練習。

もう全然痛くない私は、助産師さんの指示通りにいきんでみました。
「あなた、いきむの上手ね!これならもうすぐ出るわよ。」
とほめられちゃいました。
「本当ですか?これでいいんですか?」
「いいのよ。もう頭が見えてるからもうすぐよ」

それから、主治医のキム先生が到着。
助産師さん、先生にも説明してました。
「She is a good pusher.(彼女はいきみ上手です)」

それ、将来何の役にも立たなそうだけどね(笑)

先生が来てからは、2,3回のいきみだったかも。
「会陰切開するからね。この方が出やすいから」
といわれたけど、本当になんでもなかったです。

何しろ、痛みを全然感じてないから余裕なんです。
無痛分娩、個人的には本当におすすめです。

よく、「いきむタイミングがわからなくなって出産に時間がかかる」
とかいう話も聞いたけど、
いきむタイミングは、
助産師さんが分娩監視装置のグラフをみながら丁寧に指導してくれたので
安心でした。


そこへ、突然ジョン様が。

もともと立会い出産のはずだったのですが、
ジョン様怖くてみれなかったらしく、、
母と一緒にカーテンで仕切られた隣のスペースにいたんです。

後で聞いたのですが、母が
「生まれるのをみるのが嫌なら、マユの横に行って顔を見てなさい」
って送り出したそうです(笑)

ジョン様、突然カーテンの脇から、
私の顔だけを見つめてやってきました。
きっと見てられなかったんでしょう(笑)
だらしねーな、まじで。
でもそういう人多いのかもしれませんね。
血が苦手って、なんとなく男の人の方が多い気がする。

ジョン様が横に来て手を握ってくれてから、
ほんとに2,3回のいきみでした。

ジョン様の「あ、出た」って声が耳に入って来て
「え?出た?」と聞いていたら、
急におなかがスポーン!!って楽になって、
それからすぐに私の胸〜お腹にビニールシートが掛けられ、
そこにドサッ!と、赤ちゃんが乗せられ、
目の前に赤ちゃんの顔が飛び込んできました。

あの瞬間の胸の上の温かさと重さ、
そしてあの時の赤ちゃんの顔は、今でもはっきり覚えています。

きっと、一生忘れられないと思う。


赤ちゃんが泣いてなかったので
「赤ちゃん、泣いてない!」と思わず日本語で言ってしまったけど、
看護婦さんが何かしてくれた(口に何か詰まってた?)ら、
すぐにギャーーーーーー!!!!!と泣き出しました。

それから赤ちゃんのサイズを測ったり、洗ったり、
ジョン様と母が代わる代わる抱いていたり。

その間にお腹を押したり、
切開したところの縫合などの後処理をキム先生がしてくれました。

ほんとにほんとに不思議。
自分のからだの中からこんなものが出てくるなんて…。
ていうのが率直な感想でした。

それから、1時間程度休憩。
そのときにジョン様がまた言いました。

「名前、どうする?」

「…Joshuaにする。」


それまで、実はJoshuaとShawnで迷っていたんです。

Shawnは私の友達なら説明するまでもないのですが、
私の大好きなBoyz II Menのションちゃんの名前です☆

で、Joshuaは…
数日前、ジョン様と2人で、
2010年のアメリカ人の人気名づけランキングを500位までプリントアウトし、
それを話し合わずにそれぞれ別室で見て、
気に入った名前にマルをつけて、
それから2人で見せ合った時、
唯一2人ともマルをつけてたのが、ランキング11位のJoshuaだったんです。

それで、どちらにするかを顔を見て決めるって言っていたんだけど、
Shawnだとやっぱりションちゃんのイメージが強すぎるから。

私にとってShawnといえば彼しかいないから。

そして、私の赤ちゃんがそのイメージに紛れてしまうのは、
やっぱり嫌だなっていうか、
おさがりみたいな気持ちに(私は)なっちゃったので。



Joshua、世界で一番幸せになってね。



アメリカでの妊娠・出産と産婦人科通院
2012.01.18 Wednesday
ごぶさたしておりました。

ブログを書かないまま、
気がついたら2012年になってしまっていました…。 

おかげさまで、子供もすくすく育ち、
もうすぐ6ヶ月です。

実は、1月18日から、
ジョン様が子供を連れて韓国に里帰りしています。

なので、このすきに、
たまっていた、ブログに書きたかったことを更新していきたいと思います☆

ずいぶんさぼってしまいましたが、
これからもよろしくお願いいたします。


マユより☆





日々のいろいろ。
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